マネージャーの井上です。
もう10年以上前に入らせて頂いていた利用者さんのお話。
その方は、ご家族が仕事で忙しく日中はずっとお一人でベッドに横になっている生活でした。
精神疾患を患っており、常に自分の苦しさを訴えていました。介護を始めたばかりの私には、とても関わりが難しく、会話自体、何をどうしてコミュニケーションをとれるか日々苦戦してしました。サービスも、朝・昼・晩と丸一日ずっと入って、排泄から・掃除・調理まで、すべてを行うサービスでした。
はじめのうちは、お互いに、言葉にしなくてもじっと観察し、その人となりを分析します。
「胸が苦しい」と言えば、「大丈夫ですか?」。「さすってください」と言われればそれを受け止め、「背中をさする」・・・。
そんな日々が続きました。
新人の私は、まだ利用者さんを観察しながらの仕事ができない。
調理なら、ひたすら調理、掃除なら、掃除をひたすらする。
そうすると奥の部屋から「助けてーー!」と叫ばれます。 まるで新人ヘルパーを試しているかのように、ひたすら呼ぶのです。
ある時期から、「これは、その方の性格だから」と、呼ばれても「今行きますね」と台所から返事をするようになりました。
多分、沢山のヘルパーさんが入っていたので、順番にみんな、そういう同じような気持ちになっていったのではないかと思います。
ヘルパーさんも、本人のそういう言動に対処できず、入れ替わるようになっていきます。
でも、私の場合はなんだか不思議なのですが、初めて自分がかかわった利用者だということもあり、「この利用者さんから抜けたい」とは思いませんでした。それは今でも不思議です。
自分の思いあがりかもしれませんが、「いつかお元気になる、いつか穏やかになってくれる」そういう思いでいました。
それから何年か経ち、その方の援助も長くなってきたころ、今度はヘルパーに対しての暴言・暴力が出てきました。
つねる、たたく、足でける。それも不意うちです。だからどんどんヘルパーさんがいけなくなり、またまた私の出番となりました。
何回も爪で引っ掛かれたり、後ろを向いたら足でけられたり。はじめは驚きと痛みと怒りで、気持ちが落ち込むこともありました。ひどい時は、掴まれる腕にサポーターをしていったこともあります。怒ってやめてくださいと言ったこともあります。
でも、なかなかそれは収まることはありませんでした。
顔を引っ掛かれたり、いつまで続くのだろうかと毎日がもやもやしていました。
そうして、私も年をとる、その利用者さんも当然年をとる・・・。
あるときから、会話がなんとなくかみ合うようになってきました。
「今何時ですか?」「17時ですよ」「・・・そうですか」。それだけの会話でした。
でもその時はその日が調子が良かったんだと思って帰りました。
そしてある時から、時代劇がはじまるのを楽しみに一緒にみたり。・・・なんでだろう??
そして、「なんで??」は続くと普通になるのです。
それは、おばあさんと孫が一緒にテレビを見るそんな感じでしょうか。いつも笑うことがない利用者さんでしたが、そのころから、少しだけ笑顔をみせてくれるようになってきました。やっと穏やかになってきた、よかった。
それから数か月。
悲しい知らせをきくことになるのです。その方がご自宅でお亡くなりになったとのしらせでした。
悲しいという気持ちもありましたが、今まで一緒にすごさせてもらった瞬間瞬間がよみがえります。
なんで、最後はあんなに穏やかになったんだろう??
叩かれることが多かったから、嫌な利用者さんだと正直思っていたのですが、その倍も穏やかになった利用者さんが「いとおしい」と感じられました。まるで自分のおばあさんが亡くなって、ぽっかりと穴が開く、そんな気持ちでした。
もうたたかれることは二度とない、つねられることは二度とない、でも、それは同時に一緒にテレビを見ることはできない、もう二度と笑顔はみられないそういうことでした。
どうして、穏やかになったんだろうと今でも不思議に思います。
だれにもわからないのですが、最後まで入っていたヘルパーさんは、みんな口を合わせて言います。「最後は本当に穏やかだったよね」と。
在宅介護は、軽度の利用者の場合は長く続きます。それは7年、8年、長ければ10年以上。
ずっとその利用者に入るということは、その人の人生をずっと見続けることになります。ほとんどは、在宅生活が長く続かず、残念ながら入所される方も多いのです。
ただ、この介護期間は私達介護士の成長の場であることも事実。
本当に新人の右も左もわからないヘルパーの時代から、その利用者に働きかけができる位迄、成長する期間とも重なることがあります。その利用者さんときちんと正面から向き合うこと。
介護をするということはその人の人生の生きざまを見ること、その利用者さんとご縁があり、”その生きざまをみさせていただく”ということでもあります。
その最後の瞬間に、少しでも笑顔をみせていただけたことが私達介護士が誇れることでもあります。
今でも在宅でお亡くなりになる利用者さんの訃報を聞くたびに思い出します。